身の回りにある現象で、知ってるけど、うまく説明できない。考えると、よく分からない。
こんな「?」を、博い知識を有している学園長が歴史や文学なども交えながら、小学生から理解できるように面白く、そして分かりやすくお話してくれています。
それを、生徒たち(元気学園大学生チームがメインとなって)が、文章にして、絵や図の解説をつけました。

NO.9 金属の話

金の歴史は古く、古代エジプトでは、紀元前2600年頃から既に金についての記述が残っています。
金は、柔らかく、壊す事無く自由に形を変えることが出来るし、重く、非常に薄く延ばす事ができる。なんとたった1gの金を、一平方メートルの金箔に、針金状にするなら3kmも伸ばす事が可能で、最高0.0001mmも薄く出来るんだ。このように金は加工しやすかった為、古くから装飾品として親しまれてきた んだね。
日本でも、古くから金が使われているよ。
奈良の東大寺の大仏は、今となっては黒色でその面影はないけれど、実は建立当時は黄金に輝いていたんだ。


けれども、当時の日本には、金を薄く伸ばす技術どころか、採掘する技術さえなかった。では、どうやって、どこから金を入手したのだろう?
大仏建立以前は、金は中国の輸入を頼っていた。けれども、大仏の為には、大量の金が必要だね。その時、ちょうどいいタイミングで遠く離れた陸奥の国から金が献上された。陸奥は金が日本で初めて採掘出来た所だったんだそうだよ。
では、どうやって金を貼ったのだろう。
その答えの鍵は“水銀”。
古代から使用されてきた金属としては、金の他に銅や錫、その合金の青銅などがあるけれども、実は、水銀もその歴史は古い。中国では、硫化水銀の事を丹砂と 呼び、古くから加熱分解によって水銀が生成されることが知られていたんだ。そして、金属にして液体であるという不思議な性質からか、不老不死の薬と信じら れていた。実際は猛毒なんだということは、みんな知っているね。


その水銀は、他の金属と合金を作りやすいという性質を持っている。その合金(アマルガム)のほとんどは常温で液体になる。その性質を利用して、金を液状(金アマルガム)にして大仏に塗り、加熱して水銀を蒸発させる事で金メッキをしたんだよ。
ちなみに、金閣の頃には、金を薄く伸ばす技術はあったから、金箔を貼った。
余談だけど、平城京から長岡京への遷都のきっかけは、実はこの、水銀汚染だったのではないかという説もあるんだよ。
この他に、万葉集にも日本でも古くからこれら金属(元素)が発見され、使用されてきた証が歌として残っているね。

銀も金も玉も何せむに勝れる宝子にしかめやも 山上憶良

青丹よし奈良の京師は咲く花の薫ふが如く今盛りなり 小野老

憶良の短歌は説明するまでもないね。
老の短歌の“青丹よし”は奈良にかかる枕詞なんだけれど、実は“青丹”とは昔、顔料や化粧に使用した青土の事を言っているんだよ。更に丹は既述の通り、硫化水銀を指しその色が朱であることから、朱も表している。近畿地方の土は赤土であったことから、丹=朱=土という概念が織り込まれた。青丹という言葉があ る事から、水銀が知られていた事がわかるね。


現代の私たちの生活には、先の金、銀、胴、水銀よりも欠かせない金属があります。わかるかな?

そう、もちろん鉄だね。

最初に人工的に鉄を発明したのは、ヒッタイトという民族。紀元前1680年頃に王国を築き、鉄の武器を使って周りの国々に攻め込んでいった。

日本に鉄器が伝わったのは紀元3世紀頃。水田の稲作、青銅などとほぼ同時期に伝わったんだよ。

鉄といえば、日本では、昔、武士の戦の為の大事な刀の原料として使われてきた。

現代の日本の製鉄会社といえば新日鉄。鉄鉱石から製鉄するのが一般的だね。だけど、こうしてできた鉄は刀に使用するには不適切。刀に使用するには、より炭素量が少ない鉄が求められるんだね。日本には古来から、刀に適した“たたら製法”という製鉄方法が伝えられてきました。この方法では鉄鉱石ではなくて砂鉄 を使用する。今日でも刃物はこの方法で作られた鉄を使用しているんだよ。

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